多摩川通信

昭和・平成の思い出など

シンギュラリティ

 

昭和48年(1973年)、大きな話題を呼んだ2冊のベストセラーが出版された。「日本沈没」(小松左京)と「ノストラダムスの大予言」(五島勉)である。この2冊は多感な中学生の心を強烈に揺さぶった。

 

日本沈没」は、巨大地震によって日本列島が海底に沈んでしまうというSFである。海底プレートの移動という最新理論を取り込んでかなりのリアリティがあった。最も強く心に残ったのは、国を失った日本民族がこぞって難民となって海外に散っていくという結末だった。

その結末が特に印象深かったのは、祖父や父が口にしていた敗戦時の状況が耳にあったためだ。祖父は家族を連れて満州にいた。今にもソ連軍が攻めてくるというとき、大日本帝国陸軍は在留邦人を置き去りにして逃げ去った。かろうじて日本人会が機能したおかげで何とか引き揚げて来た。

その情けなく惨めで不安に満ちたイメージが「日本沈没」の結末に重なって、単なる作り話に思えなかったのだ。

 

そんな中学生をさらなる衝撃が襲った。「ノストラダムスの大予言」である。こちらはノンフィクションということになっていた。

16世紀フランスの医師で占星研究家だったノストラダムスが書き残した預言の詩編を日本に紹介したもので、過去に数々の予言が的中していたことが確認されているという内容だった。衝撃的だったのは人類の滅亡が予言されていたことだ。

1999年の7の月、空から恐怖の大王が降りてきて「アンゴルモアの大王」が復活する、という詩があり、それは人類の滅亡を予言したものと解されているというのである。

「アンゴルモアの大王」は強烈だった。少年の心というものは恐ろしい。1999年7月が過ぎたとき、正直に言えば、心の底のどこかに残っていた微かな霧がやっときれいに晴れたような気がしたものだ。

 

その後、東日本大震災をも乗り越えて、21世紀、世界はどんなふうに発展していくのだろうなどと安心しきっていたところ、アンゴルモアの大王も青ざめるほどの恐ろしい脅威が人類の前に迫っていることを知った。

 

「シンギュラリティ」である。

その意味の分からなさと語感の不気味さはアンゴルモアをはるかに上回る。しかもこちらは現実の技術的問題であり、各国の最先端の人工知能(AI)研究者たちが鋭意研究を進めている対象だというのである。

シンギュラリティ(singularity)は「技術的特異点」と訳される。現在、AIは人間がタスク(目標)を設定しなければ機能しない。しかし、やがてAIが自ら何をすべきか決めることができるようになると予測されている。それはAIが自律的に機能する段階への飛躍であり、そこに至る技術上の転換点をシンギュラリティと言うらしい。

 

何かとても危険な匂いがする。

これはAIが人間の管理下を離れてしまうということではないのか。IOT(Internet of Things:あらゆる物がインターネットでつながること)の進展が見込まれる時代である。AIがインターネットを介して必要な物を自在に動かして自ら決めたことを実行することができてしまうのではないか。

今やチェス、将棋、囲碁で、人間はAIには勝てないのだ。既にAIは人間が完全には理解できないものになってしまっていると指摘する研究者もいる。世界中のAIがネットワークを通じて連携して勝手に何事かを始めたら、人間はもはや制御できないのではないだろうか。

 

「AIは人類を駆逐するのか? 自律世界の到来」(太田裕朗/幻冬舎)によれば、AIが自ら学習してルールを作り、状況に応じて判断するという「自律」が生まれようとしているのは今や通説だという。

 

AIの権威であるレイ・カーツワイルは、「2045年にはAIなどの技術が、地球上の全人類の知性を超え、それ以降はAIがAI自身でより賢いAIを作っていくことになり、人間には予測不能の未来が到来する」と、シンギュラリティの到来時期を予測している。

生きているうちにそんな恐ろしい世界を目にすることになるとは思ってもみなかった。

 

2017年には、米国の研究所でAI同士の会話実験を行ったところ、人間が理解できない言語で会話を始めたため研究を打ち切ったというセンセーショナルなニュースが駆け巡った。当の研究者によれば、全て想定内のことであり、単に続ける意味がなくなったから打ち切っただけで、パニックになったわけではないという。AIの技術の発展状況を窺わせるものだが、やはり薄気味悪さは消えない。

「2つのAIが“独自言語”で会話」の真相--FacebookのAI研究開発者が明かす - CNET Japan

 

 

今や人類がスクラムを組んでAIを制御するための仕組み作りに本格的に取り組むべきときではないだろうか。AIを常に人間の価値観に沿って機能させるための枠組みが必要だ。

しかし、AIが既にここまで進化してしまった今、それはそもそも可能なのだろうかと心もとない気もするが、AIへの依存度が極まった後では、AIの障害や暴走を制御することができなければ壊滅的な事態が出現する。

 

人類が自ら作り出したものに支配されるというSFのような世界を生きることになるとは思わなかった。

プーチンよ、旧時代の兵器で戦争なんかしている場合じゃないぞ!